日
13
12月
2009
『リヒテンベルク先生の控え帖』池内紀・編訳・平凡社
『リヒテンベルク先生の控え帖』池内紀・編訳・平凡社
ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルクは十八世紀のドイツの人。1742年に生まれ、自分の世紀を見届けるように、1799年に世を去った。実験物理学の分野に「リヒテンブルク図形」というものがある。電気を記録した実験成果で、これを応用して、ゲッティンゲンの街に避雷針をたてた。
33歳で母校のゲッティンゲン大学の教授になり、数学と実験物理学をおしえた。45歳で宮中顧問官の称号を授与され、イギリスの王立科学協会やペテルブルク科学アカデミーの会員をつとめた。ゲーテは『色彩論』をまとめるにあたり、教授をこうた。彼は当時のドイツで最良の物理学者として知られていた。
うまれつき、背中がまがっていたが、肉体的ハンディをものともせず、いつも明朗闊達で、
「この世にある平面のうちでもっとも娯楽性に富むのは、人間の顔である。」
「町の大時計は、またしてもリューマチの発作をおこしている。」
「人間にとって天国ほど手のかからない発明品はなかっただろう。」
「山羊が馬小屋にいる、ちょうどそのように、彼は社交界で大目に見られていた。」
といった具合の軽口を好んだ。ゴータ宮廷暦という古代ギリシアやローマについて啓蒙するカレンダーに解説を頼まれると、たとえば、「処女性」をあらわす、「ダイアナ」にそえて二行。
「いかにも処女が守れるだろう
帯が二重で、とんだ馬鹿づら」
結局、この年のカレンダーは陽の目をみなかった。
ひとことでいえば、古い大学町の名物教授といった人で、時代とともに忘れ去られるはずだったが、彼は人知れず、2000頁にわたる15冊のノートを残していた。
ゲッティンゲンの学生時代にはじまり、死の数日前まで書き続けられた35年の記録。本書は、その小型の模型とでもいうべき、アフォリズム集。よっぽど知識人と読書家に悩まされることが多かったのか、本について書かれたものが多い。
「提案――寒い冬には本を燃やそう。」
「人間の理性が、ごく近年にやってのけた最大の発見は、私見によると、一行も読まずに、その本の判定法を見つけたことである。」
「有名人の著書の場合、書きとめられたことよりも消し去られたものを読みたい。」
「たいていの読書家は、考えずにすむように、そのためせっせと読書に励む。」
「たくさんの本を読むと、しでかした馬鹿をさえ上手に話せるようになる。」
「書物は鏡である。いくらのぞきこんでも、猿は猿。」
「書評は、生まれたての本が多かれ少なかれ体験する幼児病の一種である。この病いによって健康児が死んだケースもあれば、虚弱児が生きのびたりもする。まるで患わない子も多い。序文や献辞のお守りで予防したり、みずからの判断を示して予防接種をする人もいるが、必ずしも効能があるとはかぎらない。」
言語哲学者ウィトゲンシュタインは『アフォリズム』をなかんずく愛読し、ニーチェにとって、ゲーテを除き、これほど、「再読、三読に値する人」はいなかった。
「処刑前に贈られた一時間は、一生涯に価する。」
「墓場ではじめて同じベッドにつくのを悲恋という。」
「海が塩っぽいように、あんなふうに大気は電気を含んでいるのだろうか?」
「人間はカタツムリのように、住居によって分類する。」
ドイツで最良の散文家の一人。
「夢の中で自分自身を見るのは、鏡の視覚のせいであって、そこで自分は鏡の中にいるとは思わない。夢の中では想像がはるかに活発で、意識と思考は少ないものだ。」
フロイトよりも一世紀早く、夢の重要性に気づいており、詳細な夢の記録と知見を残した。

