土
20
6月
2009
6月20日の朝日新聞朝刊
「ひと」の欄に、あぼりじ兄が紹介していた佐々井秀嶺(しゅうれい)さんのインタビュー記事あり。
勉強不足がはずかしいが、インドの仏教徒は被差別カーストからの改宗者が多く、それゆえにヒンドゥー教から仏教への改宗は差別との闘いでもある由。
佐々井さんは、そのひとたちを支え、仏陀が悟りを開いた聖地、ブッタガヤでの大菩提寺の奪還闘争を率い、宗教者でつくるインドの政府機関の仏教徒代表になった。インド仏教の礎になるべく、日本国籍を捨て、インド国籍を得た峻烈な人であることを知る。
ただ、思うのは、もし佐々井さんが、街角にたって托鉢をしていたとして、僕は彼のお経に耳を傾け、喜捨するであろうか。ただ歩きさって、振り返らないような気がする。非常に残念だけれども。
こればっかりは、意識のもちようなんだろうけれども、どうも、東京の都市は、立ち止まって話す広場ではなく、通路のような気がする。ただ、通りすぎていくだけの。
