テレビのない風景
金
20
1月
2012
『モダンタイムス』伊坂幸太郎著・講談社
花沢健吾挿画版で読みました。良し。
伊坂幸太郎の小説は、ゴールデンスランバーまで今いちピンと来なかったのだけれど、この本も一気読み。引用と言及が多すぎて、面倒なので、いいなと思ったポイントだけ勝手に書きます。
この本を読み始めたのは、文庫の帯に、検索から監視がはじまる、とか何とか書いてあって、それが頭に残っていたから。
今、何かわからないことがあると大抵、検索しますよね? で、検索すると、広告の欄に、検索した言葉にヒットするような広告が出現しますな。その広告で気になるものがあったとして、購入を希望すると、サイトに登録され、趣向に合致するような広告が今度は選りすぐられて送り込まれてくる。
それは街頭でアンケートに答えると千円もらえます、とか、店頭でこれにご記入いただければ10パーセントオフになります、といって差し出されたりするアンケートからはじまったりもするし、単にレンタルDVDショップに登録するだけでも、そのようなものが送られてきます。
一度、記入してしまうと、あら不思議、怒涛のように自分の好きなものが目の前に現れて、考える時間を奪われてしまう。とか何とか、そんなことを漠然と考えていたときに、本屋を歩いていたら、見事にはまってしまいました。
文章はやはり見事なまでに軽いのですが、作中に引用される『巨匠とマルガリータ』からの名台詞、
「原稿は燃えたりしない」
がやっぱり熱い。熱いのは好きです。
この小説は『魔王』の50年後の物語らしいのですが、『魔王』を知らないあなたでも堪能できます。というわけで今度は『魔王』を読みます。ではまた。
木
19
1月
2012
コクテイル
コクテイル書房のブログをしばらく読んでいなかったら、大変なことになっている模様。
慌てて、お店に行ってみるも、扉はあかず。
しばらく、近所のコンビニで月刊チャンピオンを立ち読みしながら、時間をつぶすもやはりお店ははじまらない。何もできないけれど、ただ黙ってお酒を飲みに行く。顔を見に行く。ちょっとだけ雑談する。コクテイルファンは今こそお店にいくべきだと思います。
木
19
1月
2012
『美男狩り』
長編ものの小説を古本で買うにはリスクがある。特に端本。一冊、100円だからと大菩薩峠をちまちま買ったり、失われたシリーズなんかに手を出してしまうと、何巻を買ったのか思い出せないぐらいに時間は過ぎていく。
『美男狩り』もその一冊で、たしか、下巻の端本は買いですよ、なぜならみんな上巻だけ買って売りに来るから、上巻を探すのは簡単です、と店主と雑談した記憶があったのだ。学生時代の話だから、8年前ぐらいか。
しかし、記憶は捏造されるのか、あるいは、ダ・ビンチの手記と勘違いしていたのか、帰宅して本棚と照合すると、見事に上巻が二冊に増殖してしまった。無念なり。
水
18
1月
2012
『こ・ら・ぼん』8号
遅ればせながら、愛する高円寺のフリーペーパー『こ・ら・ぼん』に書評を書かせていただきました。落語と講談についてです。高円寺在住のかたはもちろん、演芸ファンのかた。是非お手に取ってご覧ください。
日
15
1月
2012
『魔使いの弟子』ジョゼフ・ディレイニー著・東京創元社
ル・グウィンのゲドシリーズも地味な魔法使いだったけれど、さらに地味な魔法使いの物語。児童文学の面白さにまたしても吸引されてしまった。シリーズものなだけに長い付き合いになりそうだ。
金
13
1月
2012
『リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか』大塚英志+東浩紀 講談社現代新書
話が全然噛み合っていない上に、やや感情的になっている、論争というんだろうか。喧嘩にしか見えないのだけれども、おそろしく読み応えのある対談集。東浩紀はまったくの圏外から、読書リストに追加。売れることをここまで露悪的に追及している珍しい作家か。しかし、よくぞ大塚英志先生の執拗な追及に耐えたと拍手を送りたいというのは、プロレスの観客的感想か。当然中身も読みごたえあります。ご安心あれ。
日
08
1月
2012
『第九軍団のワシ』ローズマリ・サトクリフ作 猪熊葉子訳 岩波少年文庫
紀元117年、現在のヨークに駐屯していた、ローマ軍の輝ける第9軍団が、カレドニアの諸氏族平定のため、北に進軍し、そのまま消息を絶つという事件が起きた。この四千人の軍団はその後霧の中に包まれるように姿を消し、この軍団の旗印とでもいうべき象徴、「ワシ」がなぜか1800年後、なぜかシルチェスターという南部の野原で発掘された。それは何故なのか。軍団は生きていたのか? それとも何かの事件に巻き込まれたのか? 謎の解明のためにさまざまな説がうちだされたが、本当のところは誰にもわからない、というところから始まる歴史小説。
風呂で読み始めて、そのまま沈没するまで読了。面白すぎるなあ。全四部作の第一巻ですが、一作だけで完結しているのがうれしい。
木
29
12月
2011
線とだ円の一年
時間というものをどういうイメージできりとるか。
たとえば、ある人にとって一年は線であり、またある人にとっては楕円であったりする。
そのイメージが湧かない人は、手元のダイアリーを見ると自分の時間の捉え方が具体的によくわかる。
一日が上から下に流れる↓のようなイメージの人は、まさしくバーチカルのダイアリーがぴったりくるはずだし、一年がパーカーの矢羽クリップのような→の人は、きっと蛇腹式のダイアリーを使っているはずだ。
自分がイメージするものをそのままトレースしたほうが無理がないのは明らかだし、必ず、そうしたダイアリーに出会えた人ならその有用性については改めていうことはなにもないだろう。
年の瀬というのは一年を振り返ることが慣例となっているようなので、ぜひ、この機会にダイアリーを見返して、来年の計画を立ててもらえればと思います。
今月は、ばたばたしていてあまり本が読めず。
『沈んだ世界』J・G・バラード
SF小説ですが、バラードの描く世界が貫徹しているのは、執念深く、人類が滅んだ、あるいは滅びつつある世界を描いているということ。未来というのは退屈だ、ということをここまで情熱をこめて書き続けているのがすごい。
『本へのとびら』宮崎駿
岩波中心というのが残念だけれども、しかしうれしい。当然、単なるブックガイドでは終わらない。150頁からの「風が吹き始めました。」の一文から点火。駿節がたまらなくいい。
『みどりのゆび』ドリュオン
緑の指の話は聞いたことがあったけれど、ちゃんと読んだのははじめてかもしれない。くどいぐらいの設定に抵抗感否めず。最後の一章をのぞけば、さすがフランス人。言葉の使い方が美しい。
『森は生きている』サムイル・マルシャーク
旧ソビエトの詩人。ゴーリキーに見いだされた作家。本作は戯曲。一言でいうなら、完璧。ウェルメイドすぎて展開が読めてしまうのが強いて言えば欠点だが、その欠点を補ってあまりあるほどの色彩豊かな言葉が躍っている。
『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
全然愉快ないたずらではないところがやはり好き。うんこネタが多いのが時代を感じさせるけれども、道化という視点から眺めた稀有な中世の民話か。
『ニッポンの思想』佐々木敦
丁寧だけれども、入門書にまでは咀嚼しきれていないような気がする。蓮実重彦の読解が面白かった。
まだまだ読み切れていない本がそのまま机の上に積んであり、どこまで読んだか覚えていない本が何冊もあり、その記憶が日に日に曖昧になっています。
皆様。
どうぞ良いお年を。
火
29
11月
2011
タンタンの冒険旅行
エルジェの『黒い島のひみつ』と『なぞのユニコーン号』を読む。爆笑。
面白いが判型が少し大きすぎて買おうとは思えない。文庫版とかがあればいいんだが。
『読書について』ショウペンハウエル
ショウペンハウエルなのか、ハウアーなのか、たぶんどちらも間違っているのだろうけれど、書店で買うときに、一々どちらかに訂正されるのかが面倒くさい。
久々に読み返して、全部集めることにする。
『花と木の文化史』中尾佐助著
名著。植物からみた日本史、そして世界史。独創的。◎。
『ヒューマン・ファクター』グレアム・グリーン著
新訳版だからか、前に読んだときより断然面白い。はまる。このシリーズで全巻そろえなおそうかしら。
『エリック・ホッファー自伝』
ひとつひとつのエピソードが短編小説のように美しい。巻末のインタビューのワインをテーブルからなぎはらう場面で大爆笑。言葉と身体が一緒になって動くひとなんだと思う。嫌いではない。ほかの本を買うことにする。
水
09
11月
2011
表参道のち新宿
アンクルハットで打ち合わせのための資料をもらい玉川屋でかき揚そばを食べて新宿に移動。
時間つぶしに漫画喫茶に入るも読むものなし。
ドロヘドロ新刊ほか、冲方原作漫画とエンターブレイン系を雑読しているところでタイムアップ。そういえば、読み返したかった漫画があったことを出る直前に思い出す。Jドリームとエンジェル伝説。さすがに1時間では読めないか。
用をすませて、久々に新刊書店にいく。紀伊国屋をぶらぶらするも、買いたかった本が一冊もない。哲学のコーナーがあまりに小さくて、なんだかがっかりしてしまう。このまま帰るのも癪なのでジュンク堂で、ショウペンハウアーの中公三巻セットとベルクソンを買う。ホッファーも買うつもりだったが字があまりにも大きく行間がひろすぎるので、これは図書館にする。
新刊書店に行きながら、買いたい本が全部古い本というのは一体どういうことか。
蚕糸の森公園で、猫おばさんが猫に向かって延々話続けている。
池のほとりには、かもおじさんが十数羽のかもに向かってパンくずを投げている。
火
01
11月
2011
読みましたとも
伊藤 計劃『ハーモニー』
『虐殺器官』と比べると一段落ちるが、中盤の肉体と精神の関係を反転させ、善とは何かに迫っていくところから点火。よくわからないが、データで読むと違った視覚効果が得られる模様。言葉と、物語に対する祈りが込められている。
小林恭二『ゼウスガーデン衰亡史』
場末のうらぶれた遊園地が、日本全土をまきこみ、また人類の欲望と快楽の装置へと昇華するという設定が最高に良いが、そこで終了。大風呂敷を広げたままで終わっている。ものすごいもったいない感じがする。天童荒太の初期小説ばりに改版してもらいたし。
アンソニー・ホープ『ゼンダ城の虜』
二作が一冊の中にまとめられている。ある国の王様とそっくりな男が陰謀に巻き込まれて奮闘する騎士道小説。三鷹の森で買ってから放置していたが、まあ古典は古典か。もし本人が生きていたら絶対に言いたいのは、あのラストはなんだ! あそこまで書いておきながら、あれはない! 絶対に。
トム・ジョーンズ『拳闘士の休日』
これは良かった。最高。ぶっとんでる。初めてブコウスキーを読んだときを思い出した。さらに暗いけれど、突き抜けている。面白かったなー。作中に引用されるショウペンハウエルもよし。小気味よい。短編集だけれど、ひとつの短編の中に、ひとつの人生がぎっしりと詰まっている。長編小説を執筆中らしいが、これだけ凝縮した短編を書く人が長編を書けるのだろうか。
11月になってしまった。
水
19
10月
2011
面白いは止まらない
北上次郎選の昭和エンターテイメント叢書を続けて読む。ぶっちぎりの面白さ。久々に徹夜をしてしまった。
大佛次郎『ごろつき船』上・下
蝦夷地が舞台。松前藩でおこった事件を皮切りに、江戸、大阪、ロシア、東南アジアへとスケールがどんどん大きくなり、毎度、はらはらどきどきする展開で章が終わる。たまらない。蝦夷の舞台設定が、アメリカの無法地帯のようでぶっとんでいる。久しぶりに、朝も、昼も、晩も関係なく読み続けた。
藤原審爾『昭和水滸伝』上・下
任侠ものなのに、主人公が完全なる善の剣道家。
かみあわないはずの集団が、圧倒的な剣道家に感化されて一塊の生き物のように時代に立ち向かっていくエネルギーがすごい。藤原審爾の魅力は、人によりけりなんだろうけれど、独特な心情描写はもちろん、小悪党の描き方なんじゃないだろうか。人間が惰気にのまれて小悪党に落ちていく様がなんともいえない。この薄暗い闇の描写力が、この小説を魅力的に浮き立たせている。
金
14
10月
2011
三島由紀夫
『複雑な彼』を読了。
読む必要なし。安部譲二さんをモデルにした小説だが、あとがきのほうが断然に面白い。この一作しか知らなかったら三島由紀夫のイメージはどうなることやら。
『どこまでやったらクビになるか サラリーマンのための労働法入門』大内伸哉を読了。
労働法に触れたものを読むたびに、ファンタジーにしか思えないのは何故だろう。
上野のうさぎやに行くも一足遅く、どら焼き完売。ふんだりけったりな一日。
火
11
10月
2011
『明治バンカラ怪人伝』
読了。全員ぶっとんでる。そして歴史に埋もれとる。
そもそもは押川春浪を読むつもりが見つからず。しかし、素晴らしい脱線。
駅伝。柏原は一区六位も、東洋大優勝。早稲田の三冠はばむ。
水
05
10月
2011
苫米地英人
『洗脳支配』読了。どう考えても、トンデモ本にしか思えないのだが、違うのか。現代社会は薩長財閥に支配されているという言葉が何度も出てくる。語りおろしの本のように、独断的かつ断定的に語られているのが、なじめない。これが日本のロスチャイルドたる隠れた支配者たちからの洗脳支配からへの脱する道なのかもしれないが。
『プリズン・ガール』を読む。こんなに軽く書かれたノンフィクションも珍しい。ふつうの女の子が朝、起きたらFBIに逮捕されて、アメリカの女子刑務所に22か月収監される。まわりは殺人鬼や麻薬中毒者、マフィアにあふれていて、話しかけてくるおばさんが、自分の実の赤ちゃんをオーブンで焼いて旦那に食べさせていたシリアルキラーだったりする。当たり前のように書かれる日常が、とんでもない毎日で、それを楽しんでいこうと前向きに生きる著者がいる。
コンビニで、週刊誌を立ち読みして、資料をコピーする。20円なり。